私がブログを書かなくなったワケ

こんばんは、ヨコです。

この前の記事を更新したら、すぐに拍手をくださった方がいて、こんな数年にわたって完全に沈黙していたようなブログを更新しても、見に来てくださるような方がいらっしゃるんだなー! とびっくりしました。
いや、本当にありがとうございます。ありがたいです。

ゆるゆると更新する習慣を復活させてみましょかね、ということで、手始めに自己紹介の記事を数年ぶりに更新しました。

たしか一応二回くらいは更新してる筈なんだけど、それでも30代はじめです、とか名乗ってて、時の流れの速さに一瞬の目眩。
目にも止まらぬことであるよ。

それをきっかけに一番最初の頃の記事を読み返していて、この記事にたどりつき、そして、自分が何故この場を更新しなくなった理由がなんとはなしにわかってきたので、今日はつらつらそんな話を。


私がもともと長くいろいろなことを書いてきた場は、mixiでした。

mixiには(ご存じの方も多いと思いますが)「あしあと」という、「誰が自分の書いていることを読んでいるか」がわかる、という機能がありました。
これが私の書くことのモチベーションを、長く支えてきました。

誰かが、読んでくれている。
この人が、読んでくれている。
こんな人も、読んでくれている。

読んでくれた人が、どこまで読んでくれたかなんてわかりません。

ある日記については、チラ見すら、もしかしたら、しなかったかもしれない。
書いてあることがサッパリ理解できなかったかもしれない。
不快な思いを、したかもしれない。

それでも、少なからぬ誰かの目にとまっていることが、はっきりわかることは、私が書き続けるに十分なモチベーションをうみだしてくれました。


そんな私が、mixiに書くことをやめ、ブログを書きはじめたのは、当時私の書きたいことがあまりに「恋人がいること」と不可分だったからでした。


当時、私は家族や会社の同僚といった一部の人には「恋人が同性であること」どころか、「恋人がいること」すら知られたくありませんでした。
それゆえに「恋人がいること」絡みのことを書く場合、mixi上では読んでくれる人を制限せざるをえませんでした。


表示を制限した日記は、「読んでほしくない人」がいるだけなのに、あたかも「読んでほしい人」を指名しているかのようで、なんとなく違和感がありました。


知られたくない人以外には誰に読んでもらってもいいのに。

むしろ、知られたくない人以外であれば、できればより多くの人に読んでもらいたいのに。


違和感は次第に強くなり、私はブログを書き始めたのでした。


そしてブログを書いていた数年間のうちに、私には恋人がいることを、そしてその恋人が同性であることを知られたくないという相手は、ほとんどいなくなりました。


家族にカムアウトしました。

転職して、同僚にカムアウトしました。

その前後で、幼馴染にも同級生にも、何かしらパートナーシップについて聞かれる機会があれば「私はパートナーが女性なので」とさらりと説明するようになりました。

知られたくないことがなくなった時、私の書く場所はまた気軽に書けて、そして誰かが読んでいるということがすぐに伝わるFacebookに場所を移していきました。


私の書きたいことの総量もネタも大して多くはないので、どこかに書ければ十分で。

その中で、フィードバックが一番大きい場所を無意識にか選んだ結果、ブログが途絶えがちになり、Facebookになっていったと、どうやらそういうことだったんだなあと、改めて一人納得したのでした。


それじゃあまたなんで、こうやってブログに一人つぶやきはじめたかといえば、またなにかの必然性が、生まれてきたんでしょう。

今度、じっくり自分に聞いてみようと、思います。


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二年半という間

おお、いつの間にかこんなにも時間が経っていた。

お久しぶりです。ヨコです。
ここに何かを書くのは実に二年と五ヶ月ぶりに一日足らずだそうです。
あらやだ中途半端。あと一ヶ月あとならちょうど二年半ぶりだったのに。

なんでいまさら書こうか、と思ったかということにも、なんでずっと書かなかったか、ということにも、さしたる大きい理由も違いもないのです。

このまるめると二年と半年、いつでもなにかを書きたいな、と思っていたし、でも改めてなにを書こうかなと思うと特になにも出てこないなあ、という状態であったというだけで、それはこうやってキーボードを叩いている今もあまり変わりはありません。

さしていうならば、書いているうちに書くことに弾みがつくかもしれず、そうやって弾みがついて自分から出てくるものを自分自身が読みたいかもしれない、と思ったのがキッカケでしょうか。
あと、過去の記事を読み返そうとしたら、広告でえっらい読みづらくて、こりゃたまらんとなったことは大きかった。
いや、ポップアップ広告ってすごいね。これを消そうという気持ちが、なにやら億劫で乗り越えてこなかった「何か」を乗り越えて書きはじめた程度には邪魔だね。感心しました。

私はまたここで何かを、もう一度つぶやきはじめるのか、ちょっとそれはまだわからないのだけれど、今回の記事は、とりあえず生きていますよ、あおちゃんと引き続き仲良くやってます、という生存報告ということにさせてください。


あ、あと、そういえば犬が増えました。犬。
それこそもう二年以上前ですが、こいつが増えて、私たちは「世帯」になったなーという感じがします。
どうしようもないぬくさといつまでも腕やら足やらを舐めてくる舌とご飯をねだって枕をひっかく仕草とに、鬱陶しがって邪険にしたり、鬱陶しがられるくらいかまったりしながら過ごす日々は、なかなかしあわせです。

犬

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人を招く。つながりつづける。

四周年から遡ること一ヶ月前、あおちゃんと同じ家に暮らし始めて、丸二年が経った。


引っ越したばかりの頃、色々な方から、ありがたいことに転居祝いを頂いた。

結婚するようなものなんだから、ちゃんとしたものを、との声に遠慮なく甘えてフードプロセッサーやら、オーブンやら、高価なステンレス包丁やら、ビタミンカラーの耐熱スパチュラやら頂いてしまい、あおちゃんには、甘やかされてるねー、と感心3割、呆れ7割くらいの言葉をもらった。


転居後、少し落ち着いてから、お祝いをしてくだすった方を家にお招きし、ささやかな食卓を囲んだのだけど、L-life planningのつぐさんカップルとだけは、何故かうまくお話を進められず、延び延びに延びた挙げ句、更新期日を前にした日、ようやく企画実現したので、今日はその話。




ちなみにこれはただの彼女自慢なのだけど、我が家は人様に来ていただくのに特別な片付けや掃除をほとんどしない。

週末毎に一通り掃除をしているのを、来ていただく前にすれば事足りる。

チリひとつない、というわけではないが、基本的にスッキリと片付いている。

一応自分も住んでいるうちのことながら、そんな状態がキープ出来るコツが皆目わからないので、そんな同居人と暮らしながらこの状態を保ち続けられるあおちゃんって、ほんとーにスゴいなーと思っている。





昼過ぎ、週の掃除と買い出しを終え、車で一路つぐさんカップル宅へ。



今回お二人にお会いできる話のきっかけになったのが、お譲り頂くものがあることだった。

かなり嵩が張るので、複数人で取りに伺うか、それとも車が必要、となり、それならば、いただきがてら、我が家にそのままお越しいただこうと企画。

あおちゃんが最近カーシェアに入会してくれて、車がかなり気軽に使えるようになったので、こういう企画もしやすい。


かなり余裕をもって出たはずが、追加の買い出しなどしていたらお約束の時間を超えてしまい、汗をかきかきお二人をピックアップ。


お久し振りの再会にわいわいよもやま話をしながら、都内をドライブして我が家にお越しいただく。



手に入れたばかりのChromecastで動画を見て頂いたり、引き続きおしゃべりしたり、ご飯食べたり、頂いたお菓子に舌鼓をうったりしていたら、本当にあっという間に時間が過ぎ、名残を惜しみながら解散。


なんだか、したい話の10分の1も出来なかった気がする。




お二人はかわらず暖かく、会話は幅広く軽妙で、けれど中身はとても充実していて、時に笑い、時にじんわりし、大変愉しい時間だった。


そして、二年前に同居をお祝いをしてくださった方たちと、ゆるくゆるーくつながりつづけ、こうした交流ができていることに、なんともいえない心強さと安心感を感じた日でもあったのでした。

またとおからぬうちに、お招きできる日がきますように。



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遥かなる太陽の王国 その6

スペイン5日目。
この日はレンタカーでロンダという町に向かう。

この町には、古い古い巨大な水道橋が深い渓谷にかかっている。
その景色を、どうしても見たかった。

永いときを経た巨大な建造物は、なんでこうも心をつかむのだろう。



しかしロンダへ向かう道は平坦ではなかった。
レンタカーを借りるのに、まず四苦八苦した。
カウンターのお姉さんの英語はつたなく、こちらの交渉役の父親は耳が遠く聞き取れない。
簡単なやりとりならばともかく、書類を出せ、追加の保険をかけるか、かけない場合のリスクはどうか、ナビの使い方はどうすればいいのか、などとなるとお手上げ状態。

普段の二倍くらいの時間をかけて、なんとか7速のマニュアル車を借りられた。



少し筋から離れる話になるが、今回、両親とスペイン旅行にきて、改めてつよく実感したのは、親との関係の変化だった。
力関係の変化といってもいい。

今まで親と海外旅行に来ると、ほとんどすべて親の手配で物事は動いていった。
父親は英語が堪能で、母親は旅行の計画を立てるのが好きで、あまり労を惜しまず宿を取ったり、交通の手配をして旅のマネジメントをしてくれていた。

食べるところも、泊まるところも、行くところも、どのように行くかも、そこで何が必要かも、すべて親がかりで、幼かった私や弟はただただそれに乗っかって色々な国に連れて行ってもらっていた。


けれど今回の旅は、その多くが私の役目になった。


泊まるところや交通手段は日本で大枠の手配を済ませていたけれど、その都市について、地図を見て、どこに行きたいか、どのように行けるか、書類は何を揃えなければいけないか、どこで何を食べるかの選択肢や手配は、大半が私に任された。

ホテルや交通機関との実務的な意思疎通は、英語の語彙が豊富だけれども耳が遠い父親よりも、なんとなくその場で話されることを予測して、身振り手振りを加えながらやりとりができる私の方が向いていた。


私が30を超え、そして、親が60を超える、というのはこういうことなんだ。



閑話休題。


ようやく借りられたマニュアル車に乗り込んで、早速困った。
どのようにエンジンをかけられるのかがわからない。
取説を引っ張りだすも、全てスペイン語でイラストは入っているものの、必要な操作が探し出せない。


なんとかエンジンをかけて走りだしても、地下の駐車場から上がっていく狭く急な坂道では、横をぶつけそうになる。滑り落ちそうになる。
後ろの車が、狂ったようにクラクションを鳴らす。
エンジンの焦げる嫌な匂いが車の中にまで漂う。



この時点で私と母親は震え上がり、もうレンタカーを返して、バスで行こうと提案したが、運転役の父親は「大丈夫だ。どうにかなる」といって聞かず、ものすごい速度で車が走る右側車線の道路につっこんでいく。

なんとかスクランブル交差点を抜け、ロンダに向かう平坦な一本道に出るも、片道一車線ずつの広くない道路で、お互い100キロ近く出してすれ違っていくので、助手席に座っていると生きた心地がしない。

途中休んだカフェつきのガソリンスタンドでは、バックの方法がわからないことがわかって壁に激突しそうになり、私と父親で、なんと手で車を押し返し、試行錯誤してバックの仕方をなんとか探り当てたりもした。



抜けるような青い空に、風車が周り、遠くには白い壁の村を見晴かすのどかな風景に、天国へのドライブ感を存分に味わいながら三時間弱。



ようやくロンダの街についた時は三人共ヘトヘトで、帰り道もあることを思うと、私はここに車で来ようと提案したことを、心底後悔していた。


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流れる季節のまんなかで

しあわせで穏やかな時間は、当たり前ではないのに、流して過ごしてしまって。

つらいときばかり、強く覚えていて、ながく感じたりしてしまうよね。



あおちゃんが、言う。




本当だね。

本当に本当に本当だね。




いくら意識しても、つい忘れてしまうことなら、しょうがない。
何度だって思いだそう。



週末の約束や、一年後に一緒に過ごす約束を当たり前にできる、そのことがとても恵まれてるってこと。



ごはんが美味しいねえと言い合える日常は、とても貴重なんだってこと。





丸4年間、一緒に時間を過ごしてくれてありがとう。


そしてこれからの一瞬一瞬も、どうかよろしく。







おまけ。

大変好評だったおうちお祝いディナー。
あおちゃんの買ってきてくれた肉の上質さが勝因。

・ローストビーフ
・二種のマッシュポテト
・バターナッツかぼちゃのポタージュ





お互いにプチサプライズと思って買ってきたら被っちゃったケーキ。

黄桃とブルボンバニラのタルト。





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どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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