光の射す方へ

こんばんは、ヨコです。

またもうっかり一ヶ月以上放置してしまいました。てへ。



ブログ、というよりは日記って面白いもので、書いている時は幾らでも書くことが思いつく、というか、色々と日に起こることを日記的な文章にする回路がひらいている、という感じなんだけど、書かなくなると早々にこの回路がぱったり死滅します。

ていう言い訳は、前にも書いた気がするな。

ま、いいか。





さて、まるっと一ヶ月空けてみましたが、誕生日に関して感じたことを思い出しつつ、つらつらと書いておこうかなと思います。


***



31歳は、私にとってまさに転機の年でした。


家族にカムアウトして、あおちゃんと住みはじめ、そして職まで変わってしまいました。



うーん、なんてアメイジング。

すべてが、以前であればちょっと実現不可能な、まるで夢みたいに感じられていたことでした。



私にとって大事な私の家族に、私の生き方や大事にしている人を、知ってもらうこと。


信頼できる大好きな恋人と、持続的な生活を共にすること。


会社と仕事に対して愛着と誇りを持ってオープンマインドに働いている同僚と、共に会社と仕事に愛を持って働けること。



でも現実になってみれば、それはどれも欠くことが出来ない素敵な出来事で、私にとってより望ましい、光溢れる方向に、どんどん人生の舵を切っていった年になりました。


そういう、めぐりあわせの、この一年。





北海道旅行の最中に、あおちゃんが思い出したように言いました。



5年前位に頃、同僚に付き合って占いに行った時、四年後くらいに貴方はとても幸せになっているよ、と言われたんだよね。

その時は、えー、ほんとかなーと思ってたけど。

今思うと、うん、確かに幸せになってるよ。




そして「よかったね!」と私の肩を叩いたのは、ちょっと天の邪鬼なあおちゃんらしくて、可笑しくて。

それから、ああ、私といて幸せだと思ってくれる人といるのって、ほんとにすごく幸せだなあと思ったのでした。






舵を切った年から、その方向にどんどん進んでいく年へ。


そして、大好きなまわりの人たちにも、恵みをもたらせる年にしてゆけますように。





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「そして日々は続く」二周年記念アンケート

こんにちは、ヨコです。

あおちゃんが帰省中の三連休のまんなか、まったりとフィギュアスケートをBGMに、おうち時間を過ごしております。
鈴木明子選手のショートプログラム、すごく好きだなー。いいなー。




さてさて、話はさっくりと変わりまして。

ひたすらマイペースに書いてきたこのブログも、ふと気がつくと、もうすぐ初めて二年になるようです。


この二年間、読んで下さる方のニーズ等はそりゃもーサッパリ酌まず、自分の好きなことを、好きなように書き散らしているこのブログ。

そんな勝手気ままなブログを読んで下さる素敵な方々は、一体どんな人たちなのかなーということが知りたくて、こんなアンケートを作ってみました。




「そして日々は続く」を読む人々
※回答は〆切りました。ありがとうございました!




お互いのブログでやりとりがある方とか、コメント下さる方とか、更にお会いしてる方とか、顔を見せて下さる方のことは、ある程度存じ上げているんですが、たぶん、そうじゃない方で読んでくださってる方もいるのではないかなー、そういう方もアンケートなら答えやすいんではないかなー、という期待(?)も込めまして。



しかし、こういうアンケートで、選択肢を、面白く、かつ、気持ちよく、答えられるものを作れる人って、すんごいんだねー!

いざ自分で作ってみると内容に面白みのないこと、大変残念です。

そして、強化してほしいカテゴリとか、書いてほしいネタとか募集してみてるんですが、応えられる保証がないくせに大丈夫かね。



作っている自分でも、いろいろと心配がのこる初試みなわけですが、回答は非公開、必須回答項目なしなので、お気軽に答えたいところだけでもご協力いただけたら、とっても嬉しいです!

適宜、集計結果はご報告したいと思いまーす。





ついでにこちらにもご協力を!

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弘法ではない私の筆選び

「今は滅びたワープロの系譜は、ここに繋がったのか」


数年前、読んでいたテキストサイトの一文だ。


KINGJIMの簡易文章入力ツール デジタルメモ「pomera」が出たことをとりあげた文章で、小学生の時分に、かの有名なワープロ「書院」を愛用していた身としては、その言葉に、ぞくりと心ふるえたことをよく覚えている。



二秒で立ち上がる起動の早さ。

乾電池で20時間という駆動時間の長さ。

白黒タイプの目に優しい画面。



文章を打つことだけに特化したそのツールは、私にとって、とっても魅力的だったのだけれど、いざ店頭で手に取ったときのずっしりした重さと、厚さ、そして値段にためらい、結局買わないまま、時が過ぎていた。


時過ぎる間に、pomeraは日本の商品らしく、すこしずつ、たゆまなく進化を遂げていたらしい。


より軽く、コンパクトに、よりサポーティブに、より安く。



約一年前に思いがけずあおちゃんが買ったpomeraは、私の記憶にあるそれよりも、ずっと軽くて、女性の鞄で持ち歩くのにも苦がないサイズになっていた。


届いたその日は、持ち主のあおちゃんそっちのけで、いじらせてもらって、また欲しい気持ちが数年ぶりにぐぐっと再燃したのだけれど、なんとなく私はわかっていた。


内勤の私がこのツールを有効に使える場面は少ないだろうし、そうなるとお蔵入りする可能性が高いだろうこと。


いざ使いたくなったら借りちゃおう!



ちゃっかりそう思って一年。

今日からあおちゃんと二人、二泊三日の北海道旅行。

パソコンを持ち歩けない数日間。

でも、書き留めたい気持ちが溢れる数日間。

こういう時に、残念ながら、スマートフォンは本当に文章を書きにくい。

帰ってから、いざパソコンに向かうと記憶は少しずつ色を失っていて、書くことは次第に億劫になる。



ということで、今回の旅の記事は、なるべくリアルタイムにpomeraで書いてみようと思います。



文章を書くって面白いもので、それを記すツールにも意外に影響を受けるものだから、パソコンで書くのとはまた違ったものになる気がする。


楽しみです。





ちなみにpomera本体には通信機能はなっしんぐですが、書いたテキストファイルはSDカードを介してスマートフォンで読み込めるのです!
ハイテクってすてきだわ。

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晩夏にして君を思う

鹿児島旅行中、ドライブをしていたらラジオから「木綿のハンカチーフ」が流れてきた。


「この曲、あんまり好きじゃないんだよね」


私は、顔をしかめた。



都会に出た恋人の変化を否定して否定して、さすれば道も分かたれるろうに、いざ別れるとなったら、最後にやたら恨みがましい贈り物をねだるのが、激しい自己憐憫を押しつけてくるようで、イヤなんだよね。



あおちゃんは、ふ、と笑って「遠距離恋愛は難 しいってことだよ」と、かるくいってから、「私は知らないけど」と、私にいたずらっぽく会話を振った。



あおちゃんが、私の過去の恋愛に言及するのは めずらしいことで(基本的に彼女はあまりそういったことに興味がない)、その一言から、ふわっと思い出がよみがえってきた。



***


20代半ば~後半頃の、二年以上にわたる海を越えた遠距離恋愛は、たのしかった、とだけいったら、少し語弊があるだろうか。


恋人に、なかなか会えないつらさ、もどかしさは、もちろんあったし、ようやく会えても、すぐまた別れなければならず、その時の体の一部が距離にひきはがされていくようなしんどさには、何度も互いに涙した。


金銭的にも厳しかったので、なんとかやりくりしたり、マイルや株主優待券を駆使して、交通費や宿泊費を捻出する日々だった。


でも、毎日の電話と、月に一度程度の鮮烈な逢瀬の時間、そして、それ以外の時間は気兼ねせずに友人と遊んだり、自分の為に時間が使える、その生活のリズムは、実は、当時の私にはかなりフィットしていた。


あの頃の私は、遠恋に向いていた、といってもいいかもしれない。


***


「でも、遠恋は先が見えなくて、それがどうし てもしんどかったな」


「あー、なるほど」


***


遠距離恋愛生活に慣れ、辛さにも慣れ、リズムが出来てきた頃から、うっすらとした懸念というか、不安のような靄が、薄く、時に、濃く、「二人の未来」には、垂れこめていた。


この恋愛は間違いなくとても楽しい。
とても楽しいのだ、けれど。



その薄白い靄のようなものに形を与えるなら、


「……で、この先、どうするの?」


という言葉になっただろう。



私たちはみな、ひとつの「場所」に生きている。
「場所」に根付いて、葉を茂らせ、花を咲かせ、実を結ぶ。
その場所は、私たちの生活、すなわち人生の大枠を決める。


どうやって食べていくのか。なにを食べるのか。誰と笑って、泣いて、生きるのか。


仕事場があって、家族がいて、友達がいて、行き慣れた店があって、食べ慣れた食べ物がある。

そういう人や物の「間」で、私たちは形を為す。


場所が変われば、それらは基本的に、すべて変わる。



この恋愛という一つの関係を軸に、その全てをぐるりと変えるのか。変えられるのか。



そして、その軸がもしこわれたら、その時どうする?




結局、私は私の「場所」を捨てられなかったし、相手はその「場所」で咲く花のようで、どこまでも青い空と透明な海とあたたかな空気が満ちるそこから引き抜いてしまっては、生きていられないような人だった。


それは、別れの直接的な原因ではなかった。

けれど、ずっとその靄がつきまとっていたことは、その関係を続けられなかった遠因ではあった。

私はその靄について、ついに相手と腰を据えて、話し合うことはできなかった。


***



「もう、出来れば、遠恋はしたくはないなー」



「私がもし東海に帰っちゃったら、あんまり東京にはこなそうだしね」



本当に、その通り。






だから、なおさらに実感するんだろう。

あおちゃんが、今は離れている、生まれ育った愛する「場所」に居続けたなら、私たちは間違いなく出会わなかったことを。

彼女が仕事によってこの場所に来て、出会って、一緒の場所に根を張って、日々の生活を築いていける、この「二人の未来」をクリアに考えられる今が、本当に本当にしあわせだということを。



関係をはじめて、丸二年が経った、この晴れた日に。




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欲望のおはなし

たとえば。


大事なひとが身も世もなく、落ち込んでいたとする。


私は、どうしても手を貸したい。


あなたの、役に立ちたい。




けれど、私は、たいていのところでとても無力だ。

私が、誰かの役に立てるか否かは、相手への思い入れの強さとは、
まったく無関係のところにある。

私が、何かの役に立つ時もあるけれど、役に立たない時は、
それよりも遥かに多い。


よかれと思って、なにかができることもあるけれど、
それが本当に相手に「よかれ」となるとは限らない。

「あなたの役に立ちたい」「あなたの力になりたい」という気持ちは、
かんたんに、「あなたの中に自分の存在意義を感じたい」という、
とても拒絶しにくい、暴力的な、押しつけにかわる。



善意が、悪意よりも、悪質であることは、哀しい哉、とてもとてもよくあることだ。



誰かの役に立つ、誰かに求められる人間でいたいと、誰しも思う。

だから、私がもし、誰かの、役に立てたと思えることがあったなら、
その相手ではなく、私の方こそが、役に立てたと思わせてくれた人に対して、
本当に感謝すべきだ、と思う。

お礼をいってくれたからではなく、何かを返してくれたからではなく、
何かを私にさせてくれたこと自体へ、ただただ、感謝。




これは、ぜんぜん綺麗ごとじゃない。つよい欲望のおはなし。




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Author:ヨコ
どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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