弘法ではない私の筆選び

「今は滅びたワープロの系譜は、ここに繋がったのか」


数年前、読んでいたテキストサイトの一文だ。


KINGJIMの簡易文章入力ツール デジタルメモ「pomera」が出たことをとりあげた文章で、小学生の時分に、かの有名なワープロ「書院」を愛用していた身としては、その言葉に、ぞくりと心ふるえたことをよく覚えている。



二秒で立ち上がる起動の早さ。

乾電池で20時間という駆動時間の長さ。

白黒タイプの目に優しい画面。



文章を打つことだけに特化したそのツールは、私にとって、とっても魅力的だったのだけれど、いざ店頭で手に取ったときのずっしりした重さと、厚さ、そして値段にためらい、結局買わないまま、時が過ぎていた。


時過ぎる間に、pomeraは日本の商品らしく、すこしずつ、たゆまなく進化を遂げていたらしい。


より軽く、コンパクトに、よりサポーティブに、より安く。



約一年前に思いがけずあおちゃんが買ったpomeraは、私の記憶にあるそれよりも、ずっと軽くて、女性の鞄で持ち歩くのにも苦がないサイズになっていた。


届いたその日は、持ち主のあおちゃんそっちのけで、いじらせてもらって、また欲しい気持ちが数年ぶりにぐぐっと再燃したのだけれど、なんとなく私はわかっていた。


内勤の私がこのツールを有効に使える場面は少ないだろうし、そうなるとお蔵入りする可能性が高いだろうこと。


いざ使いたくなったら借りちゃおう!



ちゃっかりそう思って一年。

今日からあおちゃんと二人、二泊三日の北海道旅行。

パソコンを持ち歩けない数日間。

でも、書き留めたい気持ちが溢れる数日間。

こういう時に、残念ながら、スマートフォンは本当に文章を書きにくい。

帰ってから、いざパソコンに向かうと記憶は少しずつ色を失っていて、書くことは次第に億劫になる。



ということで、今回の旅の記事は、なるべくリアルタイムにpomeraで書いてみようと思います。



文章を書くって面白いもので、それを記すツールにも意外に影響を受けるものだから、パソコンで書くのとはまた違ったものになる気がする。


楽しみです。





ちなみにpomera本体には通信機能はなっしんぐですが、書いたテキストファイルはSDカードを介してスマートフォンで読み込めるのです!
ハイテクってすてきだわ。

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晩夏にして君を思う

鹿児島旅行中、ドライブをしていたらラジオから「木綿のハンカチーフ」が流れてきた。


「この曲、あんまり好きじゃないんだよね」


私は、顔をしかめた。



都会に出た恋人の変化を否定して否定して、さすれば道も分かたれるろうに、いざ別れるとなったら、最後にやたら恨みがましい贈り物をねだるのが、激しい自己憐憫を押しつけてくるようで、イヤなんだよね。



あおちゃんは、ふ、と笑って「遠距離恋愛は難 しいってことだよ」と、かるくいってから、「私は知らないけど」と、私にいたずらっぽく会話を振った。



あおちゃんが、私の過去の恋愛に言及するのは めずらしいことで(基本的に彼女はあまりそういったことに興味がない)、その一言から、ふわっと思い出がよみがえってきた。



***


20代半ば~後半頃の、二年以上にわたる海を越えた遠距離恋愛は、たのしかった、とだけいったら、少し語弊があるだろうか。


恋人に、なかなか会えないつらさ、もどかしさは、もちろんあったし、ようやく会えても、すぐまた別れなければならず、その時の体の一部が距離にひきはがされていくようなしんどさには、何度も互いに涙した。


金銭的にも厳しかったので、なんとかやりくりしたり、マイルや株主優待券を駆使して、交通費や宿泊費を捻出する日々だった。


でも、毎日の電話と、月に一度程度の鮮烈な逢瀬の時間、そして、それ以外の時間は気兼ねせずに友人と遊んだり、自分の為に時間が使える、その生活のリズムは、実は、当時の私にはかなりフィットしていた。


あの頃の私は、遠恋に向いていた、といってもいいかもしれない。


***


「でも、遠恋は先が見えなくて、それがどうし てもしんどかったな」


「あー、なるほど」


***


遠距離恋愛生活に慣れ、辛さにも慣れ、リズムが出来てきた頃から、うっすらとした懸念というか、不安のような靄が、薄く、時に、濃く、「二人の未来」には、垂れこめていた。


この恋愛は間違いなくとても楽しい。
とても楽しいのだ、けれど。



その薄白い靄のようなものに形を与えるなら、


「……で、この先、どうするの?」


という言葉になっただろう。



私たちはみな、ひとつの「場所」に生きている。
「場所」に根付いて、葉を茂らせ、花を咲かせ、実を結ぶ。
その場所は、私たちの生活、すなわち人生の大枠を決める。


どうやって食べていくのか。なにを食べるのか。誰と笑って、泣いて、生きるのか。


仕事場があって、家族がいて、友達がいて、行き慣れた店があって、食べ慣れた食べ物がある。

そういう人や物の「間」で、私たちは形を為す。


場所が変われば、それらは基本的に、すべて変わる。



この恋愛という一つの関係を軸に、その全てをぐるりと変えるのか。変えられるのか。



そして、その軸がもしこわれたら、その時どうする?




結局、私は私の「場所」を捨てられなかったし、相手はその「場所」で咲く花のようで、どこまでも青い空と透明な海とあたたかな空気が満ちるそこから引き抜いてしまっては、生きていられないような人だった。


それは、別れの直接的な原因ではなかった。

けれど、ずっとその靄がつきまとっていたことは、その関係を続けられなかった遠因ではあった。

私はその靄について、ついに相手と腰を据えて、話し合うことはできなかった。


***



「もう、出来れば、遠恋はしたくはないなー」



「私がもし東海に帰っちゃったら、あんまり東京にはこなそうだしね」



本当に、その通り。






だから、なおさらに実感するんだろう。

あおちゃんが、今は離れている、生まれ育った愛する「場所」に居続けたなら、私たちは間違いなく出会わなかったことを。

彼女が仕事によってこの場所に来て、出会って、一緒の場所に根を張って、日々の生活を築いていける、この「二人の未来」をクリアに考えられる今が、本当に本当にしあわせだということを。



関係をはじめて、丸二年が経った、この晴れた日に。




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欲望のおはなし

たとえば。


大事なひとが身も世もなく、落ち込んでいたとする。


私は、どうしても手を貸したい。


あなたの、役に立ちたい。




けれど、私は、たいていのところでとても無力だ。

私が、誰かの役に立てるか否かは、相手への思い入れの強さとは、
まったく無関係のところにある。

私が、何かの役に立つ時もあるけれど、役に立たない時は、
それよりも遥かに多い。


よかれと思って、なにかができることもあるけれど、
それが本当に相手に「よかれ」となるとは限らない。

「あなたの役に立ちたい」「あなたの力になりたい」という気持ちは、
かんたんに、「あなたの中に自分の存在意義を感じたい」という、
とても拒絶しにくい、暴力的な、押しつけにかわる。



善意が、悪意よりも、悪質であることは、哀しい哉、とてもとてもよくあることだ。



誰かの役に立つ、誰かに求められる人間でいたいと、誰しも思う。

だから、私がもし、誰かの、役に立てたと思えることがあったなら、
その相手ではなく、私の方こそが、役に立てたと思わせてくれた人に対して、
本当に感謝すべきだ、と思う。

お礼をいってくれたからではなく、何かを返してくれたからではなく、
何かを私にさせてくれたこと自体へ、ただただ、感謝。




これは、ぜんぜん綺麗ごとじゃない。つよい欲望のおはなし。




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ひとり時間とふたり時間

先週末、金曜からあおちゃんが実家に帰っていた。
月曜日にお休みを取って、火曜日とあわせて、四連休。


月曜の夜まで、帰ってこない日程。


週末は、だいたい一緒に過ごしている私たちだけど、
ひとりの時間も、わりと好きだから、ぜんぜん平気だと思ってた。


思ってた、というか本当に、大人なのでもちろん、平気は平気で、
がっつり休日出勤したり、友達と家で美味しいご飯つつきながら、
日付が変わるまでお喋りしたり、髪を切りにいったり、
一人カフェランチしたり、また別の友達とモツ鍋食べて、
お土産貰って、二丁目に飲みに行ったり、予定満喫。
会いたい人に会えて、楽しくて充実した、ひとり時間の週末。




でも、月曜日。仕事帰り。あおちゃんの帰ってくる日。



駅についたら、あおちゃんちまでの短い距離を小走りで走ってた。



マンションのドアを開けて、キッチンに立っているあおちゃんを見たら、
変な踊りを踊っちゃって、なにそれって言われた。



それからずっとずっと、あおちゃんが作ってくれたご飯を食べて
食器を片づけてお風呂に入って寝るまで、あおちゃんにくっついてた。
ちょっと鬱陶しくて、邪魔くさいくらいに。




目にみえない、なにかの水位が、こぽこぽこぽっとあがっていって、
ゆっくりと、あったかいものに、体が満たされていくような感じの
ふたり時間。


どっちも楽しくて、どっちも大事なのは本当。


でも、ふたりで過ごす時間も一年半が過ぎて、私にとってのホームは、
完全にふたり時間になったんだな、と、改めて実感したのでした。


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あの日

一年前のあの日は、私は営業で外出してた。

金曜日で、次の日は二人で伊豆へ旅行に向かう予定で、とても楽しみにしていた。


浜松町の小さなうどん屋さんで、遅いお昼を食べて、お会計をすませ、
外に出ようとしたときだった。
いきなり揺れはじめた。

揺れは、どんどん大きくなって、道に飛び出したら、目の前のビルが
軋んで揺れて、隣同士ぶつかりそうになっていた。
信号機は大きくたわんで、折れるんじゃないかと思った。
ただ、足をすくませて、眼前の光景を眺めていた。


あれは、たった震度5の揺れだった。




携帯はすぐに通じなくなって、直後にあおちゃんと送りあったメールは、
何時間か後にお互いの携帯に届いた。

ネットは繋がり続けたので、mixiとブログにアクセスした。
そこでうすぼんやりとわかりはじめたのは、震源地は北の方で、
しかもかなり状況は悪いということ。

けれど、外に一人でいると情報は本当に頼りない量でしか手に入らず、
私達が生身で把握できるのは、目に映る限りのこと、手の届く限りのことなんだって痛感した。


それでもなんとなく、電車も電話もすぐ繋がるようになると思っていて、
浜松町の駅中の本屋で立ち読みしてた。

数時間たって、これは全く話にならないとようやく気づいて、公衆電話の列にならんだ。

会社に連絡がついたのは17時位で、会社のメンバーの中で安否確認がとれたのは
最後から二番目くらいだったらしく、自分の状況判断能力の低さに愕然とした。

帰れるなら帰れ、と指示を出され、しばし悩み、
歩き始めて向かったのは、自分の職場よりも近い、あおちゃんの職場。

ヒールは足に厳しく、たどりついた時には不安と寒さもあってへとへとだったけど、
あおちゃんの顔が見れて、泣きたいくらいにほっとした。
あおちゃんは職場をしばしば抜け出して、ビルの地下でへたっている私に、
食べ物と情報を運んできてくれた。


夜中、電車が動きはじめたニュースを受けて、二人で動きはじめた線を乗り継いで家に帰った。
流石にすごい混雑だったけど、皆なんだか静かに乗りあっていた。


家について、改めてテレビをつけて、ようやくはっきり、何が起きたかを知った。
この頃ようやく親とも連絡がついた。


自分達の、幸運を思い知った。


画面にしばし釘付けになってから、我に帰って、一度テレビのスイッチを切って、
カレーうどんを作って、あおちゃんと二人で食べた。

風呂に入って、冷えた体を温めて、二人で眠りについた。


伊豆には、結局、この一年行かなかった。






日々を送る中で、私は確実に忘れていっている。

あのとき感じた、衝撃も、感謝も、祈るような気持ちも、なにも力を持たないことへの歯痒さも。


でも、この日のことは、くりかえし、きちんと思い出そう。
否応なしに、思いや強さが、形を変えてしまったとしても、なにが起きたかを、
そして、私がそこで何を感じたかを。

そして、隣にいる人の手をきちんと握って、今ある有り難い生活を送ろう。


あの日のあとを、私は生きている。




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Author:ヨコ
どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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