ソーシャルにつながれないレズビアンとしての私の不自由

「ソーシャルネットワーク」を観にいった。

映画はとても面白くて、興味が沸いたので、今更ながら、
帰ってフェイスブックにアクセスして、登録を始めた。

まず打ち込むのは本名。
そして登録されたメールアドレスから友人を検索。

検索された結果、表示された名前に、少しためらって、
数人チェックを入れて、リクエストを送る。
(SNSは、結局ひとと繋がらないとひとつも面白くはない)

写真が登録できる。
またひとつためらって、風景の写真を登録する。

プロフィールを入力する。
出身校と、住所、出身地、そして、恋愛対象の性別。

手が止まる。

ため息をついて、ブラウザを落とした。



ツイッターでも、ブログでも、各種SNSでも、
ソーシャルネットサービスに登録するのは、
インターネット上の名刺を手に入れようとする時だ。
同じ名刺を持つ人と、気軽に交換して、ゆるく、繋がる可能性を広げる為に、
私はそれらに登録するのだけれど、その度に選択を迫られる。


「誰」と繋がろうとするのか?


そこに普段は不可視に近い私のセクシャリティが、
見えない壁となって立ちふさがることに、気がつく。

セクシャリティを知る友人と、つながり、
そしてセクシャリティという属性によってつながれる可能性がある人と、
つながりたいのであれば、私は本名でのつきあいを、
慎重に制限しなければいけない。

本名でつながっている友人とつながり、
そして、本名で、ふと、つながれる可能性がある人
(今は連絡の取れない学生時代の友人だとか、ビジネス上の顔見知りだとか)
と、つながりたいのであれば、私はセクシャリティでのつながりを、
慎重に制限しなければいけない。

そして、知るのだ。
私は私のセクシャリティが
不可抗力に知られることを
やはりとても恐れている。


私は出来る限り、普段の生活で、セクシャリティをオープンにしている。
同性が恋人であることは私の生き方のベースに近いところにあるから、
能う限りの開示をしている。
オープンにする基準は、その人間との親しさの度合いというより、
リスクの度合いだ。
もちろん親しければ親しいほど、知られることのリスクは
低減するから、多大な相関性はあるけれど。

そのことに、普段多く不自由を感じているかといえば
そんなことはない。息苦しさもさしてない。
休日に、こいびとの腕にしがみついても、多くの人は振返りもしない。
私は、将来を明るいものだと感じているし、
結婚できず子供を生まない人生に、特段の劣等感もない。

けれど、こいびとは明るいところでは私の手をほどくし、
私は本名と顔写真とセクシャリティをセットで、
ネット上の名刺に登録するのをためらって、つながりの
可能性を制限し、親と会社に結婚しないのかと聞かれれば、
あいまいにわらう。



不自由は普段はほぼ不可視だ。
私は石もて追われず、笑って働き、友人に堂々とノロけている。

でも、どこかでふとためらって手を止め、
ため息をつく自分がいる限り、
このセクシャリティに深刻な不自由が潜んでいないとは、
決して勘違いしたくないのだ。



そして私はもっとこういうことの違和感や
苛立ちが依るところを考え、ひもとく力と、
それを的確に表現し、伝える力を持ちたい。

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コメント

1 ■共感

全力で共感します。
twitterで大学の友人とつながったとき、まさに同じようなことを考えました。
それなりにオープンに生きているのに、このこだわりはなんだ!と もどかしく。


フェイスブックはわたしも未登録です。
  • 2011-02-22 13:13
  • URL
  • 圭 #79D/WHSg
  • Edit

2 ■Re:共感

>圭さん
こういうもどかしさを訴える文章に
全力の共感をもらえる事が、すごく嬉しく思います。

こういう風に、普通には知り合うのがとても難しい人と、
ふとした瞬間に、共感でつながれる可能性があるのが、
ネットの大きなメリットだから、私はそれを享受したんですよね。

でもそれはある程度の匿名性がないと
担保されないことが、とても悔しい。
  • 2011-02-23 00:22
  • URL
  • ヨコ #79D/WHSg
  • Edit

3 ■ちょっとずっと

自問自答を繰り返していました(笑)

私が身バレを恐れる一番の理由ってなんだろう、って。
本名でリアルに繋がっている人に知られたくないのは…
私の場合、セクシャリティより前に、どうやら自分の「本音」であるようです。

ネット上に書き連ねた「本音」を読んでもらってから繋がった人。
本名でリアルに付き合いながら「本音」を読んだ人。

知り合うきっかけが入れ替わるだけで、意味も印象も受け取り方も確実に変わってきますよね。今はそれが一番怖いです。

でも、社会人の仲間入りした暁には、セクシャリティが前に出てきそうな気もしますけどね…うーん(・ω・`)
  • 2011-02-23 22:59
  • URL
  • もも #79D/WHSg
  • Edit

4 ■はじめまして

そのもどかしさ、すごくわかります。
自分の場合は、ごく一部の友人以外には完全にクローズドなため、普段から壁を目の前にしている状況なので少し違う部分はあるかと思いますが。。
…うまく言葉にできず申し訳ないですが、すごく共感しました、ということをお伝えしたくてコメントいたしました。

自分がうまく言葉にできない思いを、他の方がこうやって違う言葉で表現していてくれると、
自分の中のもどかしさが少しずつ紐解かれてゆく気がします。
横レスになりますが、ももさんのコメントの表現にもすごく腑に落ちるものがありました。

これがあるから、やっぱりこういう文字を通じた交流は自分にとって必要だなと思います。
  • 2011-02-24 01:11
  • URL
  • kei #79D/WHSg
  • Edit

5 ■Re:ちょっとずっと

>ももさん
書いていることって心のすごく柔らかいところを
さらけだすような感じだったりしますよね。
口に出してはなかなか話さないようなことだったり。
(というかそういう文章が好き(笑))

だから「本音」が見られるのがイヤ、というのは
とてもしっくりきます。
私自身は、なんかいつの間にか晒すのに、
あまり抵抗感を感じなくなってますが(苦笑。

そうですねー、セクの云々は社会人になると
実利が絡みかねないので厄介です。

それでもあまり構えずに、仕事外では
カムアウトできるのは、そこからいざとなれば、
逃げられるからだ、と友人には言われました。
それはひどくわかる気がします。
  • 2011-02-25 00:31
  • URL
  • ヨコ #79D/WHSg
  • Edit

6 ■Re:はじめまして

>keiさん
ようこそお越しくださいました。
コメントありがとうございます!

こうやってネットの海に投げ出した言葉に、
思いも寄らない共感を頂けることが
とてもワクワクします。

私も他の人のブログが的確すぎて、
「ソレが言いたかったんだけど、そんなに上手くは
絶対いえなかった!!」とか
「そんな風に切るとハッキリ浮かび上がってくるんだ!」
と感動することがよくあります。

文字だと、人の考えにまとまった形で触れられるので、
話すのとはまた違うダイナミズムがありますよね。

こういう出会いを、もっとシームレスに得られないものかと、
もどかしく思います。
  • 2011-02-25 00:35
  • URL
  • ヨコ #79D/WHSg
  • Edit

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どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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