みえなかったもの

びっくりした。

ほんとーに、心の底からびっくりした。


昔から文章を書くのも読むのも好きだった。
小学校六年生のときに、はじめてワープロを打ちながら、
つたない小説を書いて以来、文章を書くことはわりと得意だし、
好きだ、と思ってきた。

けれど。


「この文章を読んだ人がどう感じるか」

なんて、まったく、本当にまったく、気にしたことがなかった。

メールは別ものだ。その人だけに宛てて書くものだから、
その人がどう感じるかは、流石に考える。

けれど、こういうところに書く文章を読んだ「誰か」がどう感じるか。
そんなことは、正直これっぽっちも考えてもいなかった。

まさかそんな勝手な! と思い、自分の文章を書くときのポイントを
改めて丁寧に追ってみたが、どこを探しても、ない。

この文章の並び、展開、そして言葉の選び方は、
言いたいことを伝えるのにふさわしいか、
そして、更に読みやすいように行間を空けるとか、
改行するとか、句読点を打つとかは、一生懸命考えていても、
「どう感じるか」はチェック項目の中にまるでなかったのだ。

驚くべきは、無自覚なエゴイスト。

確かに私は、文章はあくまで独り言だ、と思っている。
独り言は、レスポンスに多くを期待をしない。大して計算もしない。
誰かに、何かを感じて欲しいとか、受け止めて欲しい、とか
訴えたい、と、あまり思っていない。

ただただ投げ出したいように投げ出す言葉。
それは書きたいことを、ただ書くことが一義。

読んで、楽しんでくれたりすれば、それはラッキーだし、
自分で言っていたより、文章で、より伝わることがあれば、
それはありがたいけれど、究極伝わらなくてもしょうがない、と思っている。

けれど、誰かが読めばその人の心に「何か」は生まれるんだ。
こうやって書いて、それを読んでくれると、人は心に思ってくれて、
感じてくれることがあるんだ。時に、しかと目には見えず、伝わらなくても。

人の目に付く文章を書くつもりなら、少しは考えなきゃいけない。
「この文章を読んだら、人はどう感じる可能性があるか」

最初から「人」なんて言うと、漠然としちゃうから、
必ず読んでくれている「あなた」を、思い浮かべながら。

そんなことをものすごくものすごくものすごーーーく
今更ながら、知ることが出来たのでした。



「知る」のと「やる」のと「出来る」のは全部別なのでガンバロウ。

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