31歳無職さん 後篇

こんにちは、ヨコです。


ほぼ書きあげてたのに、ちょっと間があいちまったい。


ところで、この前、某大好きなブロガーさんが、「恋人との仕事の話」を書いてらしたのを読んで、ふと思ったんですが、カップルの皆様は、おうちでお互いの仕事の話をするのかしら?



うちは、かなりします。

そして、あおちゃんは基本的には職場に対し、あまりネガなことを言わず、意欲的です。
私はネガなことが多くて、そのことにはずっと忸怩たる気持ちがありました。

いいなあ…ていうか私ダメだなあ…私も前向きな話がしたい…!! ってカンジで、ずっと思ってました。

それも転職に心が傾いていった大きな要因だったなあ、と、思います。




仕事の話をするしないは、二人の関係性にも依ると思いますが、私は話したいタイプ。


そして、大塚隆史さんの「二人で生きる技術」の中で、「職場の話を意識的に聞く」ということが、特筆すべき「技術」として、書かれていたのを読んで、ひどく安心したのを覚えています。

この本は、ゲイとして、パートナーシップを追求してきた大塚さんの自分史を軸に、セクシャリティを限定しない、関係性を継続する為の取り組みについて書かれた良作なので、興味のある方はぜひご一読を!



二人で生きる技術─幸せになるためのパートナーシップ二人で生きる技術─幸せになるためのパートナーシップ
(2009/10/31)
大塚 隆史

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さて、それでは続きは畳んだ後で。

最後なので、より一層長いです。


※頂いた拍手コメントのお返事は、拍手頂いた記事のコメントに追記することにしました!
 問題あったら削除しますので、言って下さいね。コメントありがとうございました!
***



その日は、その会社を含め、何十枚かの求人票をもらって家に帰った。
よく晴れた、その時期にしては、ちょっと汗ばむくらい暖かな日だった。


求人票をためつすがめつしても、私の希望する要件を満たすかは、ちっともわからない。
そもそも書類選考で半分以上は落ちるんだろうし、一番最初が一番紹介数も多いというし…、と、業務内容で興味が持てそうと感じるところは、とりあえず片っ端から応募してみた。

10社近く応募しただろうか。
嬉しい誤算、というべきか、書類選考には8割がた通ってしまい、優秀な私の担当者様から、間髪いれず面接の予定調整が入りはじめた。


面接開始予定時刻のラストは、大体遅くて8時、早くて6時。


そして、私の当時の平均退社時間は、8時半~9時。
さらにこれから2月後半に向けて、どんどん遅くなっていく予定だった。




あれ? 予定、全然合わなくね?




あわあわしだした私に、あおちゃんは「どうしても、いま転職しなきゃいけない! ってわけじゃないのに、なんだってそんなに一気に応募したの……」と、完全にあきれていた。




早帰りデーの活用…、人と約束が…、病院に行ってきます…、云々かんぬん……。

無理くりでも都合をつけられるチャンスは、せいぜい週に一回~二回。
どうにか都合をつけられたところから、面接に足を運んだ。
並行して、SPIの問題集をこなしたり、面接対策の本を読み込んだり。


面接の日は、化粧から、鞄から、あおちゃんは色々とアドバイスをくれたから、不安はあまりなかった。

そして、面接にいくのは、意外にも楽しかった。

人と会って、どういう会社があるのかを入社を検討している立場から知ることが出来ることが、純粋に面白くて、刺激的だった。
色々な社風があって、色々な会社が、色々なことにチャレンジしていた。

面接が終わるなり、これは合わないなーと思う会社もあったし、面白そうだけどとても難しそうだなあ、と感じた会社もあったし、落ちたとしてもこの面接の時間が持てただけ、転職活動をやりはじめてよかったなーと感じるようなやりとりもあった。




一番最初のエージェントとの面談で、名前を挙げた会社は、調べれば調べるほど、魅力的だった。
面接でも、とても波長が合って、楽しかった。
選考が進むたび、まるで片思いをしている時のように、気持ちが高揚したり、でもそうなんでもかんでもうまくはいかない筈…、とネガティブになってみたり、この頃は、なにかと感情の浮き沈みが激しかった。




今の会社のいいところを、再度発見するようなこともあったけれど、転職活動をはじめてから、私はどんどん「私はもう動くべきだな」と感じるようになっていた。

私が働く場所の要件として、なにより求めていることは、すなわち、私が今の会社ではもう見出せなくなっていることだった。


そして私には「色々な場所で働ける」という実感が必要だった。


私は、一生、自分を食わせていかなければいけない。
そして、婚姻関係にはない私たちのパートナーシップを、会社組織が配慮してくれることはない。
この会社に勤め続けて、どう成長していけるだろうか? と先を考えた時、おそらく社内ジェネラリストとして成長するしかない未来が、すでに見えていた。
そうやって成長し、この会社を辞めない人、ではなく、もはや辞められない人、になってしまった時、例えば転勤を命じられたら、私は、どうする?




あおちゃんと、より一層、仕事の話をする時間が多くなった。

仕事が面白くて成長できてると感じるか、人が良くて、人間関係がいいかのどちらかがないと、ハードな仕事を続けるのは難しいよね、とあおちゃんが言った。

いつの間にか、自分の働いている環境が全くそうではなくなっている、と認めるのが、私は怖かったんだ。
改めて、そう気付いた。






いくつかの面接を経て、すみやかに私の転職活動は終了した。
最初に名前を挙げた会社が、私が次に働く会社になった。
退職交渉も拍子抜けするくらいあっけなく片がついた。





そこから一ヶ月は、怒涛のように働いた。

引き継ぎが、というよりも、純粋に時期的に仕事が忙しくて、毎日のように帰宅時間は11時を越え、時に日付を越え、ずっとずっと、その間はあおちゃんに家を支えてもらった。
私はずっとひどい顔をしていたと思う。
なにも文句を言わず、ご飯を作って洗濯物を畳んで、お風呂をいれてくれた。
あおちゃんがいなかったら、この間、まっとうな生活はひとつも出来なかっただろう。



最終日、先に帰ってゆくこれまでの同僚に「またね」と「ありがとう」と「お世話になりました」と頭を下げ、手をふり、最後に電気を消して、オフィスを出た。
最後までとくに悲しい気持ちにはならなかったけれど、外出ボードから自分の名前を剥がす時だけ、少し感傷的な気持ちになった。




会社のデスクから引き取った荷物を抱えたまま、夜は、あおちゃんにご飯に連れてってもらった。


「一ヶ月前は、辞めるつもりすらなかったのにね」


美味しいご飯に舌鼓を打ちながら、二人でそう言い合った。







あなたが背を押してくれたから、私は動きはじめられた。


あなたがいてくれたから、この変化が訪れた。


今度は私が、この変化を、善きものにしたい。


あなたと、笑いながら、前を向いて、働き続ける人生をおくれるように。





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