人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う

いつもは流し読みしていて99%はすぐに忘却するようなメルマガの中の
一文が目に飛び込んでくることがある。

タイトルは映画「シェルタリングスカイ」での名台詞、らしい。


『人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。
だが、物事はすべて、数回起こるか起こらないかだ。
自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、
あと何回、心に思い浮かべるだろうか?
せいぜい4、5回思い出すくらいだ。
あと何回、満月を眺めるだろうか?
せいぜい20回だろう。
だが、人は無限の機会があると思い込んでいる──』


***


体調管理不足(寝不足とか)で、仕事の手が遅くなる。

月のPDCAが未達成となって、だめだと思いながら、また今度、と思う。

前向きな話より愚痴が多い。

その場その場のTODOをこなす仕事をしているから、
より長期的な仕事に手をつけられない。

でも、普段長期的なものを念頭に置いてないから、
いざ手が空いても、その仕事を進められない。
(忙しい時にやらない仕事は結局やらない仕事だ)
そんな自分に、危機感がない。


楽に歩いているようであれば、それは下り道だ。


***

ポジティブであること、前向きなこと、成長志向、
そういうものを、基本的には志向する。

やれない自分の怠惰なところを歯痒く思う。
今のやり方では圧倒的に、「足りない」とぬるい自分への警鐘はやまない。

けれどそういう危機感を募らせる程に、防衛反応だろうか。
ポジティブだったり、前向きだったり、成長していきたいと感じる価値観が、
無条件によきものではないと、どこかで細く、異なる音色の警鐘もなる。

明日死ぬようには生きられない。

***

色々な異なる価値観を持つ声が、同時にうわんうわんと鳴り響き、
それぞれに引きずられて、心惑う。

気持ちを定めて、雑音を意識的に排し、心静かに生きられないのは、
私の「病」だ。



尽きせぬ泉であると、思っているからだろうか。



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