悼む

もう、無理だ、って瞬間は、誰にでもあると思う。

なにもかも投げ出したい、もういっそ…という衝動の瞬間は。

けれど、何かしらで、大抵は思いとどまる。

それは、家族が、恋人が、友人が悲しむだろうとか、
取り返しのつかなさへの恐怖とか、意地とか、
それでも先を信じる気持ちとか。


死んだ人が、そういうものを持ってなかったわけじゃないと思う。

でも、足元がぐらついている時は、いつもなら耐えられる筈の波に
さらわれてしまうように、その衝動に、人が耐えきれないことが、
ある、ような気がする。

それはもう究極的には、運、であったりするんじゃないか。


(この部分は「ヤサシイワタシ」にあった一節を、
限りなくパクってます。
本当は正確に引きたかったのだけど、見つけられず、
私の記憶と言葉で書き換えてます)

(「ヤサシイワタシ」ひぐちアサ:プロテニスの道を故障で断念して
大学に進学した主人公が、サークルでエキセントリックな彼女が出来、
一緒に過ごし、破綻する。その数年後に彼女は自殺をしてしまう)


近しい人を自殺で亡くした人は、強い無力感を感じ、自分を責める。


気づいてやれなかったのか。

大事なあの人に、何もしてやれなかったのか。

自分が、見殺しにしたんじゃないのか。



これ以上に、心をえぐるような報道は、早く消えていくといい。

彼や、彼女の父親、兄弟たち、彼女を大事に思っていた人たちの。

可哀相に可哀相にと、悼む顔で、無自覚に人々は刃を落としてゆくから。



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