すくいのことばによせて


   例えば、今私が死んだら
   人はどう思うでしょうか。
   「まだ34歳の若さで、可哀想に」
   「小さな子供を残して、可哀想に」
   でしょうか??
   私はそんなふうに思われたくありません。
   なぜなら、病気になったことが、
   私の人生を代表する出来事ではないからです。


   BBCに寄せられた小林麻央さんのコメントより



彼女の死にまつわる報道の多くは、私を苦々しい気持ちにさせた。

愛する人の死に、身を裂かれる思いの家族を、衆目の前にひきずりだし、心境を語らせようとするその行為は、あまりに非人間的に感じた。

けれど、あるテレビ番組でこの彼女のコメントが読まれた時、言葉はどんっと私の胸に飛び込んできた。涙が溢れた。


この言葉に出会えたことに感謝した。




ここからはかなり長い話になる。

あまり、愉快なたぐいの話ではないことだけ、先に断っておく。

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わるい生活

漢方を飲みはじめたのを契機に、群ようこの「ゆるい生活」という漢方生活をえがいたエッセイを読んだ。


部屋に置きっぱなしのその本のタイトルをみたあおちゃんが「これ、何度か『わるい生活』に見えてさ」と笑う。


「なにをわるいことをしようと思っているのかと思って」


「わるいことにはあまり縁がないねえ」
という私。


「確かに。
わるいことのレベルが道にゴミを捨てるくらいで、しかも『あ、やっぱダメだ』っていって拾いそうだよね」

小市民だね、とあおちゃんがまた楽しげに笑う。


まあたしかに道にゴミは捨てませんけども。


この人にとって私は、つくづく善良な人に見えているんだなあ。



自分の真の善良さが如何なるものかは知らねども、どうかこの人の目に映るような自分であれかしと思う。



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対話の時間

二年半くらい前から、コーチングを受けるようになった。


きっかけは同僚からの紹介で、そこから月に二回、一時間半ずつ、コーチの女性と向かい合うようになった。


コーチと話している時間は、
その場しのぎではなく、
時間つぶしでもなく、
打ち合わせでも、話し合いでもなく
情報交換でも、雑談でもない、
純粋に「会話をする」時間。


そこでは、正解も不正解も、いい悪いの評価も、好かれたいも嫌われるかもない。


そこで会話をする目的は、自分がなにを思い、なにをどう感じ、考えているかを真摯に伝えること。
伝えようとする中であらためて、「ああ、自分はこう感じていたのか」「実はこんなことを思っていたのか」と発見すること。
そして、伝えたことに相手から返ってきたものをうけとめて、またあたらしい思いや考えが自分の中にうまれるのを感じること。


この時間に一体どんな価値があるのか、ということはとても表現しづらい。

でも、そんな会話をする時間が、他のどの関係にありうるかといえば、どこにもないのだ。



コーチングを受けはじめてから、一年半くらいした頃、彼女の妊娠により、その時間は少しお休みになった。
そして、今日、10ヶ月位のブランクを経て、久しぶりに彼女との時間がまたはじまった。



小一時間くらい、近況を含めていろいろな話をした後で、彼女が聞く。

「今の調子は、ヨコちゃんにとってどの位のとこにあるの?」

「いろいろな変化を感じている時期です。仕事も心持ちも、体調の面も。
 この変化が一段落ついて落ち着いたときが楽しみかなあ」

「これから人生の軌道としては、どうなっていきそうだって感じてる?」

「もっとよくなっていくんじゃないかなって感じてます」


その言葉はするりと私の口から出ていった。
出ていって、そして私の耳にもはいってきて、私を驚かせた。


彼女も、「おお!」といって、笑った。



それまでに話していたことは、けして明るい話ばかりじゃなかった。

むしろ直前に話していたのは、三年とすこし、通奏低音のように途切れなく鳴り続けている私の強いかなしみとさびしさの話だった。

消化はできない、すこしも小さくはならない、離れてもいかない、ただすこしだけ、付き合い方には慣れてきた、かなしみの話。


それでも、私は人生を明るいものだと感じていて、ここからさらによりよくなると思っているのだ。


そんなことにあらためて気付けた初夏の朝。




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ヨコ

Author:ヨコ
どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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