胡蝶の夢

お久しぶりです。ヨコです。

この名前を、この場で名乗るのも、今年になってはじめてです。



更新しなかった間に書きたいことがなかったわけではなくて、さりとて書くことができないくらい忙しかったというわけでもなく、なぜ書かなかったかといえば「なんとなく」としかいいようがないのですが、ではなぜ今、テキストファイルをひろげ、改めてキーボードを叩きはじめたか、といえば、それははっきりとした理由があります。




しあわせだと感じたことも、つらいと感じたことも、あまりにかんたんに忘れていってしまうから。

そして、そのことを折に触れて思い出す寄す処がないことを、さびしい、と感じたから。



このさびしい、という感じは、こわい、という感じにも似ているかもしれません。

それは確かにあったはずなのに、記憶からうまく取り出せなくなってしまったら、まるでなかったことのようになってしまうような、喪失感。
それをとてもこわい、と感じてしまったから、また私は書きとどめたい、と思いました。




書かなかったその間、私はとてもとてもおだやかにしあわせでした。
なにが欠けることのないしずかな幸福に日々を送っていて、だからこそ、わざわざ書きとめたいと感じることが少なかったように思います。
しあわせがそこらじゅうにあふれていて、知らず知らず慣れて、いつまでも続くような気がしていました。




でも静かなしあわせはそんなにかんたんにずっと在るものじゃなくて、いきなり、本当にいきなりもぎとられるようになくなったりするのです。





もぎとられたものの大きさを、ここ一ヶ月、私は必死に飲み込もうとしています。


はやくこの現実に慣れたい、と思いながら、それでもなかなか慣れることはできず、
何度も現実に愕然としては、いろいろな実務に紛らわせて、それを必死で飲み込む作業を繰り返しています。





もうもどってこない。



もう二度と、同じようには、もどってこない。






その現実を、なんとか飲み込み、なんとか消化しようとあがいています。

あおちゃんは私の横にいてくれて、そんな私をとても静かに支えてくれています。



ブログから、ほとんど姿を消していたこの一年。
どんなふうに過ごしてきたか。
思い出せるかぎり、書き留めましょう。

この今日につながる私が過ごしてきた日々と、今日から続く私が過ごす日々に、私が感じてきたことを、今と未来の私にあきらかにするために。



私はたしかにしあわせでした。
そして今もまちがいなくしあわせなのです。とてもとても。

そのことをこそ、忘れたくない、とおもっています。


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Author:ヨコ
どたばた働き、美味しいご飯をぱくぱく食べ、5歳上の彼女とのお付き合いはのんびりまったり、一緒に楽しく暮らしております。

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